スチュアートはイギリスで生まれ、エアーフォースで働いていた父とはほとんど会えず、母親一人の手で3人の兄弟と2人の姉妹の間で育った。5人兄弟の真ん中で育った彼の生活は楽ではなく、自分が何とかしなければと考えていたが、勉強が嫌いだった彼は、大学への進学は考えていなかった。

産声を上げたその瞬間から歌うことを運命ずけられた彼は、小さな頃から音楽が大好きだった。彼が16歳のときに家族と新しい父親と共に、アメリカに移住したのをきっかけに、教会で歌を歌い始め、たくさんの才能ある人たちからのインスピレーションを受け、タレントショーにも参加し、たくさんの人に歌を聞いてもらうために、どこででも歌をうたっていた。自分の歌声を聞けばレコードの契約がとれると信じていたからだ。しかし、それは叶わぬ夢だった。

ラスベガスに移り住み、彼の入った“レビュー”というグループがナイトクラブシーンで人気となり、まだ若かった彼は音楽に集中できなくなりつつある自分にとまどい、自分の原点であるゴスペルだけを歌うことにした。しかしそれも長くは続かなかった。やはり、多くの人に自分の歌を聞いてもらうために、自分のエゴをすてることを心に決め、ジャズクラブやラスベガスのカジノなどで歌い始めた。そして、1年ほど前に、東京の銀座のクラブでの仕事のオファーがあり、日本に着た彼はすぐに日本が好きになった。休みの日に大阪に旅行をした彼は、大阪の街がどこよりも好きになり、ここが自分の第二のホームタウンであると思った。いろいろな人たちと出会うチャンスもあり、彼にとって大阪で仕事ができるようになることが一番の夢となり、今までの苦労や過去は歴史となり、自分の人生の小さな部分でしかなかったんだと思えるようになった。彼は、自分をそんな風に変えてくれた大阪で働けることが何よりの幸せだと思っている。